■ニブンノゴ!大川と出演者がおりなすルール無用の全く新しいお笑いイベント。何がどうなるか、その行方は主催者サイドも全くわからないのです・・・。
4月になりました!桜も咲き誇り、春本番です。
春といえば、引越しのシーズン。みなさんの中にも新生活を始めた方もいらしゃるのではないでしょうか?
そこで、今回は「引越し」をテーマにルミネの楽屋にいた芸人に聞いてみました!
ノンスモーキン菊池
荷物をまとめて外に出して、車が来るまで20分くらい家の中で待っていたら、その間に誰かにいくつか盗まれた。
プレステとか炊飯器とか小物を持っていかれて仕方がないかと思っていたが、一つだけ許せなかったのは、こたつのコードだけ持っていかれたことだ。
どうせなら本体も持っていってくれ。
ハイキングウォーキングQちゃん
金を浮かせようとレンタカーを借りて自分で運んだが、車をぶつけてレンタカー屋に修理代を支払った。
引越し業者さんに頼んだほうが安くあがった。
この事件、過去の何度かの引越しで3回ある。
ハイキングウォーキング松田
引越しのためにマンガをダンボールに詰めて一旦外に置いておいたら、クソガキが持っていきやがった。
おそらく、同じマンションに住んでた子供だろう。
若井おさむ
2年前、大阪から東京へ引っ越す際に東京でレンタカーを借りて大阪まで行き、荷物を積んでそのまま東京へ戻り、荷物を降ろすまでを全部一人でやりました。
テレビや冷蔵庫も一人で運んだので、全部で30時間以上かかりました。
ガンダムがあれば楽ですが無いので、次からは引越し屋さんに頼もうと思いました。
ジパング上陸作戦ティ・カトウ
大阪から上京するとき、相方と二人で軽トラにお互いの荷物を全て積み込んできたのですが、その道中、オーストラリアから日本に来てもまったく平気だった相方のチャドが、大阪を離れるのがさみしくてずっと号泣していました。
ジパング上陸作戦チャド
「銭形金太郎」という番組の貧乏自慢大会で優勝して、その賞金でやっと風呂無しの共同トイレのアパートに引越しができたけれど、半年後に取り壊されて、また家なき子になった。
引っ越した先のアパートの前の住人がバングラディッシュ出身のテロリストだった。
そのあとに入居した僕も同じテロリストだと思われて、いろんないたずらをされた。
「平和荘」というアパートだったけど、全然平和じゃなかった。
平成ノブシコブシ徳井
ある引越し先では、ネズミにカップラーメンをかじられてしまったので、カップラーメンその他もろもろの食材を全て冷蔵庫にしまっていた。
ちなみにネズミのフンはオレオの食べカスに似ているので間違えて食べないように気を付けましょう。
少年少女坂口
20歳まで社宅に住んでおりました。
その社宅は、もう築40年は経っており、雨漏り、ふすまの破れ、押入れの湿気り、風呂にネズミ、思春期なのに自分の部屋が無くプライベートが無い・・・など、それはひどいものでした。
20歳の頃、家族でとうとう新築マンションに引っ越すことになり、最新設備の玄関、きれいなお風呂、そしてはじめてのマイルームに感動しまくりました。
しかし、今28歳になり実家暮らしは大変情けない状況だと思い、そろそろ一人暮らしを考えております。
少年少女阿部
大学3年の時に一人暮らしをしたのですが、引っ越す際、ギターを弾かないのになぜかギターを持っていきました。
何もない部屋にギターが1本あって、「私、小林旭みたいだなぁ・・・」と思いました。
ジャングルポケット太田
上京してすぐに必要な家具は揃えたのですが、カーテンを買いに行く機会がなく、2年間目の前を走る大井町線の乗客にプライベートを公開しつづけました。
―――今回は、ルミネの新喜劇といえば、大山さん!ということで、新喜劇について色々お話聞かせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
まずは、新喜劇をやっていてビックリした事はありますか?
大山:昔は、まあ、変なしきたりがあったりしましたね・・・今はそんなこともないんですけど。僕が大阪の新喜劇に入った当時は、新喜劇以外の仕事をすると怒られる、みたいなことがありまして。何でかは、分からないんですけど(苦笑)。テレビでがんばってても、「何してんねん、ロケとか行って!」とか言われたりね、カルチャーショックでしたよ。今はもうそんな感じでもないみたいですけどね。僕がまだコンビ(マニアック)でやってた時なんかは、「コンビか新喜劇どっちとるねん?」とか言われてね。困りましたね・・・。
あと、人で言ったら、島木譲二さんの破天荒ぶりにはおどろきましたね。正月は酔っ払って、舞台上で寝てしまったりとか、暴れ過ぎて、本番中に血を吹き出してしまったりとか、多々ありましたね。
大山:いまだに、石田靖さんとご飯食べに行ったりすると、「大山は昔イタかった」って言われたりしますね。
大阪で新喜劇に出ていた時のことなんですけど、石田さんが座長で、僕が、若手がいっぱい出てる中のそこそこいい役、ということが多かったんです。でも、ある時僕がもらった役が、その他大勢みたいな感じの、コンビニ店員の役やったんです。当時の僕は、自分を過信してしまってたのか、その配役に納得がいかなかったみたいで。
そこで、石田さんに「自分の出演シーンでボケるネタをやらしてください」ってお願いしたんです。
そのボケというのが、ポテトチップスを頭からかぶって、「ポテトチップスシャワー」って言う、という・・・そりゃ、スベりますよね。で、スベるだけならまだしも、舞台上にポテトチップスが散乱するんで、本番中にちゃんと掃除をしないとお芝居の続きをできないような状態になってしまったんです。
でも、僕はそれを2~3日続けたんですよ。とんでもないですよね。ウケてもないし、迷惑かけるし、もし今の若手が僕の新喜劇でそんなことしたら、怒りますけどね。
・・・いまだにこの「ポテトチップスシャワー」事件のことは、石田さんに言われますね。
―――嬉しかったことを教えてください。
大山:いっぱいありますよ。福山雅治さんのモノマネをずっとしてたら、モノマネ番組に出る事が出来たとか、それどころか、福山さん本人に会えたとかね。それが一番嬉しかったかなぁ。
もちろん、ルミネに来れたことも嬉しかったです。
ルミネtheよしもとがオープンする時、大阪でお世話になってた社員の方に、「ルミネで新喜劇を立ち上げるから呼んだるわ」って言われてたんですけど、立ち上げ直前で、その社員さんが異動してしまって。「前の担当の方には呼ばれてたけど、新しい担当の人には呼ばれてるわけじゃないし、どうなるんやろう?」って不安になって。でもとりあえずスタートした時にはメンバーに入ってたんです。
で、3ヶ月経ったある日、その担当の社員さんに呼びだされて、「おめでとう」って言われたんです。
僕が「え?何がですか?」って聞いたら、「この3ヶ月間、お前を試してた」って。「もし、ダメだと思ったら大阪帰らそうと思ってた」って言われたんです。
「それ早く言ってくださいよ!黙って試したりせんとってくださいよ!」って僕が言ったら、「いいやん、合格してんから」って。でも、その時は嬉しかったですね。
―――この人はスゴイ!という人は?
大山:さっきも島木さんの話とかしましたけど、スゴイと思う人はめっちゃいますね・・・。
まあ、僕ら若手は、内場(勝則)さん、辻本(茂雄)さん、石田さんの3人を、ニューリーダーって呼んでまして。師匠のような感じで、いつでもお手本にしてますね。
今、僕がルミネの新喜劇で演じているのって、僕が新喜劇デビューした時に内場さんがやっていたような役まわりなことが多いんですね。なので、いつも、「内場さんやったら、どうするかな?」って思いながらやってますね。
あとは、今田(耕司)さん、板尾(創路)さん、ほんこんさん、東野(幸治)さん、木村(祐一)さんとか、今のルミネの座長の方達ですね、すごいですよ。新作を立ち上げる度に、今までと全然違うことしたりするんですよ。
東野さんとか特にすごいですね。僕が福山さんのモノマネした途端に、舞台を暗転させるとか。「消すな!!」とか言いながらモノマネするんですけど、こんなん今までやったら考えられへんことですよ。
もちろん、ほんこんさんもすごいですよ!(インタビュー中に、隣の楽屋から、ほんこんさんがこちらを覗いているので、大きめの声で)アドリブでのやりとりとか、ものすごくレベルが高いんですよ!!自分自身がメキメキ成長できてるのが分かりますよね!!
―――それでは最後に、大山さんの夢を聞かせてください。
大山:一軒家を建てたい!世田谷とかじゃなくていい。練馬でいいから。
―――あの・・・新喜劇に関する夢でお願いします。
大山:ああ、すいません、、、。ま、僕は、自分自身の肩書きを“劇場芸人”やと思ってるんですよ。なので、ルミネとか、品川(よしもとプリンスシアター)とか、東京の劇場で新喜劇の面白さを広めていって、皆さんに喜んでもらえるようになりたいですね。今も、ルミネで座長として大山班をやらしてもらってるんですけど、まだまだだな、と思うので。
そのためにはテレビも大事ですよね。今年はマネージャーも頑張ってくれてて、月一回ぐらいテレビにも出してもらえるようになったんですけど、もうちょっと自分自身の知名度を上げられるように頑張っていきたいですね。
まあ、「ルミネに大山英雄を観に行く!」まではいかなくてもいいから、「○○(人気者芸人)が出ていて、新喜劇には大山英雄も出てるし、この日はお得やな!」と思ってもらえるぐらいにはなりたいな、と。
・・・あれ?小さい?・・・じゃあ、ハリウッドに行きたい!!島木譲二さんみたいに、ハリウッド!!!